8月20日

第 1586 回例会記録  No.6

平成20 年 8月20日
司会: 松井 昭夫
編集: 長谷川真也
会 次 第

1.点鐘    ロータリーソング (我等の生業)

2.お客様紹介 

越谷東RC
会長 平林 昭雄様  幹事 会田 皓章様

シルクロード自転車旅行記 赤澤 東洋様 

青少年交換留学生 アレクサンダー君
ジュニアカウンセラー 星野 薫さん
松崎 由利子さん

4.会長挨拶

5.幹事報告

6.委員会報告

7.外部卓話 
 シルクロード自転車旅行記 赤澤 東洋様 

8.終鐘

会長挨拶
 
会長  関森 初義

本日は、松井会員の事業所紹介を行ないます。場所は、川口ですが、従来市内の企業でしたが、今回市外の事業所紹介は初めてです。設立は、昭和48年数人の仲間と始めて、後に株を全株買い社長に就任いたしました。現在は、3箇所の工場があって社長として日々お忙しいようです。鋼材は建設機械、自動車部品、産業機械などの発注が主だそうです。従業員は今現在21名で、インドネシア、ブラジル人といった人達がいますが、非常に忠実な仕事をしてくれる点は、とてもラッキーな面ではあるが、なかなか技術が思うように進まないのも問題のひとつとか。しかしながら3年前に息子が会社に入ってくれて、このことが最近の感動した一つだそうです。毎月定例の幹部会をする中で娘婿が以前から就業していたこともあり、お互いいい意味でライバル心をもって取り組んでいるので助かりますとのことです。ご本人の趣味は以外にもと言ったら失礼になりますが美術鑑賞だそうです。其れも洋画が好きで、本物を見ることで気分転換、発想の転換などにとてもいいそうです。将来の夢はと尋ねましたら、今年36期目をむかえ、40周年にむけて、社長を息子にするか、娘婿にするか、を決定し、そこまでには、叩き込みたいとの意気込みです。(360度、365日、前後左右そなえた人物の育成)、また、3工場を1本化して効率を図る作業を目指す工場にしたいとのことです。

幹事報告

 
幹事  大熊 正行
@熊本グリーンRCより
ロータリー情報集『最新版』のご案内ということで、パンフレットが届いております。R情報委員長にお預けしますので、購入希望の方は太田R情報委員長にお尋ねください。    
A2650地区・会員増強委員会より
   『会員増強のためのパンフレット』のご案内が届いております。堀野会員増強委員長にお渡ししますので、ご参考ならびにご検討いただきたいと思います。
B2770地区より
   8月29日(金)地区奉仕プロジェクトセミナーが開催されますが、来日交換留学生を同伴して欲しいとの依頼が来ております。滞在中は、地区行事やクラブ行事には極力参加させたいと思います。
C地区より
RI会長賞廃止について ということで、文書が来ております。当クラブにはあまり関係のないことですが、掲示しておきますので興味のある方はごらんください。
D地区会員増強委員会より
輝く女性の集い『今夜は躍らナイト』ということで、パワー浜松RCパスト会長(女性)の講演とダンスパーテイが開催されます。参加は、検討したいと思います。
E地区より
来年行われるバーミンガムでの国際大会に際し、ゴルフの全英オープンで有名な『セントアンドリュース』でゴルフがしたいとの希望が、多くのロータリアンからあったようで、申し込みの案内がきております。プレイ希望の方は、9月10日までに申し込み下さいとのことです。 
F前回の例会にいらした、地区会員増強委員長の太田さまから御礼のメールがとどいております。掲示しておきますのでごらんください。
G越谷市民まつり実行委員会より
協賛金の依頼がきております。クラブとしては、例年通り 15万円を拠出します。
また、各企業や個人で協賛されている方は今年も是非ご協力いただきたいと思います。  
Hガールスカウト日本連盟・埼玉県第11団 からキャンプの報告のハガキが届いております。掲示しておきます。
I青少年交換留学生の斉藤信人君から近況報告がメールで着ました。
J入会候補者の『中澤伸浩さん』ですが、履歴書を掲示しておきましたが一週間を経過した段階で異議申し立てがありませんでしたので、正式入会の手続きをすすめさせていただき、9月第一例会にて入会式を行いたいと思います。

お客様挨拶

 
越谷東RC

幹事 会田 皓章様 会長 平林 昭雄様
本日は、ご挨拶に来ました。これからも宜しくお願いします。


 
青少年交換留学生 
アレクサンダー君
皆さん初めましてアレクサンダーです。
日本語少し喋れます。これから皆さんに
お世話になります。宜しくお願いします。



委員会報告

 
社会奉仕委員長 
中村 義雄

市民まつり寄付宜しくお願いします。


3分間ロータリー情報
長島 洋一会員

8月9日に行われた2770地区広報セミナーの卓話でした。

外部卓話

 
シルクロード自転行車旅記 
赤澤 東洋様

この度は30年を越す歴史ある越谷北ロータリークラブにお招き頂き、このように皆様の前で話しをさせて頂くことになり誠に光栄です。お話する機会を設けて頂きました会長さん始め会員の皆様に御礼申し上げますと同時に、日頃からロータリアンとして社会奉仕活動に努力されておりますクラブの皆々様には心より敬意を表します。又、本日は私ごときのしょうもない者に大勢お越し頂き本当に有難う御座います。

私の名前は赤澤東洋と書いてハルミと呼びます。平安時代末期の「拾遺抄」という歌集に<東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花> という句があり東から吹く風は春の風という事で東をハルと呼ばせています。この名前は女の子の名前なので嫌いでした。小学校では同じクラスに小田川晴美という女の子がいて、「ハルミちゃん」なんて呼ばれて「ハイ」なんて答えると、「オマエじゃない。小田川だ」なんてよくからかわれたし、社会人になって昭和40年代流行っていたキャバレーなんかよく通ったものですが、クインビー、クラウン、ハリウッド などあちこちにありましたが、そこにハルミなんて源氏名で出ている女の子がいて、「ハルミさん、ハルミさん、10番テーブルご指名です」なんてマイクが流れると「ほらオマエ呼んでるよ」なんて会社の同僚や仲間にからかわれたものです。そんな事もあり、ある頃からは名刺には、トウヨウとカナをふって、ずっとトウヨウで通してきたのですが、3年前に年金を申請する段になり、最初に登録されたのがハルミだからトウヨウは困ると言われちゃってしょうがないのでハルミに戻しました。

今回お話のキッカケを頂いた若海さんとは春日部高校で一緒でした。同級生というわけですが、お話もらった時に「それじゃ若海さんは、品行方正、成績優秀な稀にみる高校生だった」なんて皆さんに紹介しなきゃねと言いましたら、是非そうしてくれというお答えでした。

当時シルクロードについて興味を持ったのは高校の頃で、当時はシルクロードという言葉はまだ一般的ではなくて西域地方と言っておりました。
西域地方に夢とロマンを感じて憧れていたような次第です。

その後日中国交も成立し、行きたければいつでも行ける時代になりましたが、その頃となると仕事が忙しくなりなかなか休暇もとれないし、山にのめりこむようになると、折角の休みなら山登りへ行こうという事で、シルクロードはしばし封印せざるを得ない状況でした。

2005年12月末に晴れて引退し自由になりましたので、さっそくまず最初に4月に小さなツアーにもぐりこんで中国の新疆ウイグル自治区ウルムチ、トルファンへ行き長年の夢を果す事が出来ました。これは至れり尽くせりのまったくの観光旅行でしたが、短期間でその昔三蔵法師玄奘さんが訪れたという高昌故城や「西遊記」の舞台となって孫悟空さんが暴れたという火焔山、壁画で有名なべゼクリク千仏洞等を訪ねるというなかなか中身の濃いツアーで得るものの多いツアーでした。只、短期間であっちもこっちもという忙しい旅で、バスに乗ってる時間がやたら多くてあまり自由な行動も取れずその辺がチョッと不満でした。


そんな時でしたので、シルクロードを自転車で行くなんて それはきっと面白いに違いないと思い 迷わず申し込んだような次第です。

昨年9月に中央アジアのキルギス共和国へ行きました。キルギスは面積では日本の約半分の国土しかない国ですが、その95%は海抜1000m以上、その内40%は3000m以上の高山、天山山脈とパミール高原が交差する山国です。
三蔵法師は今から1400年程前に中国新疆ウイグル自治区のアクスからペデル峠を越えてキルギスに来るのですが、ペデル峠は海抜4284mあり、峠越えに7日間要し お供の従者が何人も凍死し、多くの牛馬が氷に脚をとられ谷底に転落したりするという苛酷な旅だったと「大唐西域記」に書かれています。

ペデル峠を自転車で越すなんてまだやったヒトはいないという事で私たちは張りきっていたのですが、峠の10km程手前にあるキルギス軍の基地で阻止されてしまい結局ペデル峠に足跡を残す事は出来ませんでした。同行した女性ガイドはキルギスでは有名な登山家という事で、軍の隊長さんに交渉してくれ、峠が見える所までならと5km程先まで行かせてくれました。日本人を初めて見るという事で珍しかったみたいです。しかし海抜3500mの天山山脈中の砂利道ですから、いくらマウンテンバイクといっても上りはもうフウフウです。富士山の9合目より高いのですから、酸素が平地の70%位しかないのですから、もう大変。まあ あそこで止めておいて良かったと思います。

天山山脈を下ると、イシククル湖という大きな湖があります。琵琶湖の7倍もあるそうで、完全に一周するには1週間から10日かかるという事で私達は2日間だけ走りました。これは海抜1600m位の所なので、息切れする事もなく大変気持ち良いサイクリングを楽しみました。

途中にはアクべシム遺跡という6世紀から12世紀へかけての城壁が残っていて、玄奘三蔵もこの城で突蕨の王から歓待を受けたと書かれている歴史ある遺跡なのですが、柵もロープもなくまったく出入り自由。古い土器のカケラがあちこちに散らばり落ちていて拾うのも自由。私も記念に土器のカケラを拾ってきましたが、日本と違ってあちらは本当に鷹揚なのでびっくりしました。

昨年の経験が楽しかったので、今年6月今度は場所を変えてイラン西北部、アルメニア、グルジア、トルコ東北部と南コーカサスの4ヶ国へ行ってきました。ここも立派なシルクロードなのです。中国の西安(昔の長安)からイタリアのローマへ続く道をシルクロードと呼ぶわけですが、これにはモンゴルの草原地帯を通るステップ路、ゴビ砂漠を通るオアシス路、広州からインド洋、アラビア海を経て地中海に達する南海路と三つのシルクロードがあります。そして遠く離れたそれら東西を結ぶ三つの道を各地で南北に繋ぐ道もありそれもシルクロードです。大きく分けて五つありますがその1つが地中海東海岸からイランのタブリーズやグルジアを経て南ロシアのアストラハンへ抜ける道です。私達日本には馴染みの薄い国ですが、グルジアはご存知の通り最近ロシアと戦争状態となり毎日ニュースに取上げられています。

大相撲の力士 黒海や栃の芯の出身地でもあります。実はアルメニアからグルジアに入国する際は手続き面倒で時間がかかると聞かされていたのですが、同行者の中で相撲好きのお父さんがいて、係員に大相撲という雑誌を見せたところ<オオ! レバン・ツアグリアか!? こいつはオレと同じ村の出身だ>と大喜び、通関も審査もすんなりパスしたなんて事がありました。

これからもしグルジアへ行かれる方がおりましたら、是非大相撲の雑誌をカバンにしのばせておく事をお勧めします。


この一帯は<文明の交差路>とも称され、古来宗教、民族入り乱れて紛争の絶えない地域でありまして、まさに戦火の歴史に彩られております。アルメニアはオスマントルコにより20世紀初頭に100万人とも150万人とも言われる大量虐殺という民族の悲劇を背負っていて今なおトルコとの関係は冷え切ったままであり、グルジアとロシアの関係はまさに最近表面化した通りです。

私達は9人(内女性2名)で、まさに今ロシアの戦車が支配しているゴリという街を走ってきたばかりなので、あの空爆を受けるグルジアのニュース画像は、帰国してまだ2ヶ月とたってない時期だけに本当にショッキングでした。滞在中はまったく気がつかなかったのですが、今にして思えば現地の旅行会社が慎重であそこに行きたいとか こっちへ寄りたいとかこちらがいろいろ希望を言っても、なんだかんだと理屈をつけてあまり自由に動かせてくれなかったのは何か一触即発という微妙な情況だったからなのかと思います。

シルクロードを自転車で走るというと何か相当な冒険でもしているかに聞えますが、実際は団体行動しており、現地の旅行会社に宿の手配や通訳をお願いしていますので、安全第一が守られていて危険な所へは絶対行かないし、行かせないし管理されてしまい自由に動けない不満が残りましたが、ロシアの軍事行動を目の当たりにするとそれも致し方なかったかと思います。実際常にホロをかけたトラックが自転車の後ろについて走り、荷物も全部トラックが運んでくれるし疲れたらトラックに乗ることも可能だし と その点こちらはまだまだ自転車の初心者ですから安心して自転車を漕ぐ事だけに専念し景色を楽しむ事が出来ました。

一応道路は全部舗装されてましたが、結構凹凸の激しい区間もあり、注意が必要です。途中転倒事故が2度ありました。

放し飼いの牧羊犬2匹に追いかけられ男性が転倒した時は右ひじの裂傷だけで済み、後半の自転車走行に支障はなかったのですが、女性がマンホールを避け損ねて転倒したときは、右大腿部打撲で満足に歩く事も出来ず後半はずっとトラックのお世話になっていました。彼女は転倒時に前歯も折ってしまい散々でした。そういう時1人だけだったら不安でしょうがないことになりますが、団体なので心配ないわけです。

ですからこれは特別の事でもなんでも無く会場におられる皆さんでも出来る事だと思います。

来年はトルコ国内をイスタンブールまで走る計画がありますので、皆さんもいかがでしょうか。

そんなこんなで南コーカサスは規制が厳しくて少し消化不良気味だったので、7月に入り一人で北海道を自転車で1周してきました。

茨城県の大洗からフェリーで苫小牧へ渡り、苫小牧からは時計回りとは逆回りで襟裳岬、釧路、知床、網走、稚内、小樽、室蘭と回り苫小牧から再びフェリーで帰ってきました。寝袋とテントを自転車に括り付け、キャンプ場で野営し自炊しながらの貧乏旅行で、シルクロードを走るよりこちらの方が余程厳しかったです。全行程25日間(道内22日間)をフェリー代含めて14万5千円という予算でやってきたのですが、これは66歳の年寄りがやる事じゃないなとは思います。
ずっと天気が悪くて、網走から稚内へかけてのオホーツク沿岸では、朝の気温が11度しかなく、手袋していても指先がかじかんできて ギアが握れないような寒さ、雨の日のテントはつらいものがありましたが、これも己の体力の限界への挑戦と思い気合を入れて頑張ってしまいました。


まあ何とかこの歳でもやればやれる事が証明出来て達成感は格別でした。只、これは皆さんにはお勧めしません。なかなかキツ過ぎて、無理があります。シルクロードを走る方がずっと楽です。トラックが付いてくるし、仲間もいるので安心なので こちらをお勧めします。是非来年挑戦してみて下さい。それでは時間もまいりましたので この辺で終わらせて頂くことにします。最後に越谷北ロータリークラブのますますのご発展をお祈りします。



 
青少年交換留学生アレクサンダー君ようこそ日本へ
本日の卓話赤澤様宜しくお願いします。
関森初義
東RC平林会長会田幹事ようこそ
青少年交換留学生アレクサンダー君ようこそ日本へ
本日の卓話赤澤様宜しくお願いします。         
大熊 正行
本日表敬訪問させて頂きました。すばらしい例会場の皆様に感動をしています。     平林 照雅
 本日会長幹事ともどもよろしくお願いします。    会田 皓章
東RC平林会長会田幹事ようこそ
青少年交換留学生アレクサンダー君ようこそ
本日の卓話赤澤様宜しくお願いします。  
稲垣 勝
木村二夫
青木 清
長島 洋
岡崎 勲
山口 秀行
青少年交換留学生アレクサンダー君ようこそ
ジュニアカウンセラー星野かおるさん娘のゆりこがおじゃましています。 
松崎 義一
自分の寺は、16日に施餓鬼が終了しましたが今日の午後まで1日午前午後の2回他の寺を廻っています。
サウナに入った様です。      
石井 知章
ウズベキスタンに行って来ました。サマルカンドブルーによって来ました。            小河内 梅幸
前回欠席しました。      小林光則
青木 清
残暑お見舞い申し上げます。     堀野 眞孝 
本日所用の為早退いたします。     上床 和秀
スマイルご協力有難う御座います。   中村 義雄




                     
出席報告
会員数 48名
出席免除者  8名
出席者 34名
欠席者 14名
出席率 77.2%


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